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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)4号 判決

原告 松本邦太郎

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和三二年抗告審判第二、五七二号事件について昭和三四年一二月二四日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

〔双方の申立〕

原告代理人は主文同旨の判決を求め、被告代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

〔双方の主張〕

第一、原告代理人は、請求の原因として次のように述べた。

一、原告は、昭和三〇年六月一八日「自動車窓掃器取付具」なる名称の実用新案について特許庁に登録の出願をしたところ(昭和三〇年実用新案登録願第二六、九九九号)、昭和三二年一一月一二日付で拒絶査定を受けたので、同年一二月一四日抗告審判の請求をし(昭和三二年抗告審判第二、五七二号)、同時に出願考案の図面および説明書の訂正をした。

これに対し、特許庁は、昭和三四年一二月二四日付で右抗告審判の請求は成り立たないとの審決をし、その審決謄本は、昭和三五年一月九日原告に送達された。

二、右審決の理由は、別紙Iの審決写の理由の項に記載のとおりである。

三、しかしながら、右審決は、次に述べる理由により違法であつて、取り消さるべきである。

すなわち、審決は、原告が抗告審判請求と同時に提出した昭和三二年一二月一四日付訂正にかかる図面および説明書は、本願の自動車窓掃器取付具の構造を出願当初の図面および説明書に全然記載のなかつた構造に訂正しようとするもので、出願の要旨を変更するものと認めるべきであるとしてこれを審理の対象から除外し、出願当初の図面および説明書ならびに昭和三二年一〇月二三日付訂正書に記載せられた本願の窓掃器取付具の構造によつては、右説明書記載の作用効果を奏し得ないものと判断しているわけである。けれども、昭和三二年一二月一四日付訂正にかかる図面および説明書は、本願考案の窓掃器取付具の構造を出願当初の図面および説明書に全然記載のなかつた構造に訂正しようとしたものではない。

もつとも、出願当初の説明書に「上鈑(6)より下鈑(7)に螺入孔(8)を刻設し」との記載があり、その表現に若干不備の存すること、また図面の第三図における上鈑(6)の孔に不用意に記載された斜線の存することは、原告もこれを争わない。

しかしながら、間隙の存する上鈑と下鈑との双方に孔を穿設し、その上下両鈑を上鈑の孔の側から挿入した螺子で締めつけ、右間隙部を縮小しようとする場合に、上鈑に単なる透孔すなわちいわゆるばか孔を、下鈑に螺条を刻設した孔を設けることは技術上の常識であり、そのような構成はつとに周知に属するところである。

元来、本願考案は、固定したモーター軸に対して、窓掃器自体を調節して取りつけ得る効果を目的とし、モーター軸を挾持する部分の構造に関するものであつて、考案の最も重要な点は、外箱にモーター軸支持器(3)を収容し、該支持器(3)は長方形状の金属を資料とし、側面中央部に透孔(4)を穿設し、その一端より支持器の外側に向つて欠切部(5)を設けて支持器の半身を上鈑(6)と下鈑(7)の二個に形成し、透孔(4)の他端にも若干の欠切溝(5′)を穿設した点である。右外箱の上面一端に透孔を設けるほか、上下両鈑にも孔〔説明書にいう螺入孔(8)〕を穿設し、外箱上面の透孔から螺子(2)を挿入し締めつけるようにしたことも本願考案の構成要件に属するものではあるけれども、右の締めつけのための構造自体は、前に述べた周知の構造を利用したものにすぎない。この周知構造は、螺子をもつて上下両鈑を緊締するについての技術上の常識であり、そのためかえつて出願当初の図面および説明書に不備不用意の記載を生ずるに至つたものである。下鈑(7)にだけ螺条を刻設することは当然自明のこととして、説明書では、上下両鈑の孔の構造を各別に説明することなく、これをひつくるめて螺入孔(8)と表示したにすぎないし、図面の第三図における上鈑(6)の孔は、一見螺条を刻設したもののように誤解されるおそれのある斜線を施してあるが、この斜線は、陰影を表わすつもりであつたのが、上方に記載した螺子の螺条を表わす斜線と同様に定規を用いて線を記載したので、錯覚により誤つて斜状に陰影の線を施してしまつたのである〔これに反し、下鈑(7)の孔は、フリーハンドで彎曲状の線で螺条を表示してあり、上鈑(6)の孔とはその表現を異にしている〕。しかも、第二図では、上鈑(6)の孔が単なる透孔であることは明瞭に表示されている。ひつきよう、前記両鈑の孔の構造の点は当然自明であるという気持と製図の拙劣さとが相まつて、前記のような不備不用意な記載となつたものにほかならない。しかし、右説明書には、「金属性外箱(1)の上面一端に透孔を穿設し螺子(2)を挿入すべくなし……締付けるべくしてなる」。「螺子(2)によりて締付けるときは、上鈑(6)下鈑(7)は近接して軸を挾持し」云々との記載があり、これらの記載と対照すれば、上鈑の孔を単なる透孔とし、下鈑の孔にだけ螺条を刻設して上鈑の孔の方から挿入した螺子で緊締するという周知の構成をとつていることは当然わかることである。

なお、審決は昭和三二年九月一〇日付拒絶理由に対して提出された意見書および訂正書の記載内容からみても、出願当初の図面および説明書の螺入孔(8)についての記載が錯誤に基づく単なる誤記とも認められないとしている。しかし、上鈑の孔を透孔とすることは、前記のように技術常識上自明の理であるので、原告は前記拒絶理由がその点に関するものであることに気づかず、右拒絶理由通知に対する昭和三二年一〇月二三日付意見書および訂正書では、右の点は当然のこととして特に触れることなく、ただ螺子の長短如何によつては、上下両鈑を緊締することができないのであるから、螺子の長さに重点をおいて意見を開陳し、訂正を行なつたものである。

以上のとおりで、要するに、出願当初の図面および説明書ならびに前記訂正書の記載に若干の不備はあるけれども、その全体の記載の趣旨からして、本願実用新案の要旨は、「金属性外箱(1)の上面一端に透孔を穿設して螺子(2)を挿入すべくなし、外箱内にモーター軸支持器(3)を収容し、該支持器(3)は長方形状の金属を資料とし、側面中央部に透孔(4)を穿設し、その一端より支持器の外側に向つて欠切部(5)を設けて、支持器の半身は上鈑(6)・下鈑(7)の二個に形成し、他端に若干の欠切溝(5′)を穿設し、さらに支持器の一端に上鈑(6)より下鈑(7)に至る孔〔上鈑の孔は透孔、下鈑の孔は螺条を刻設した孔〕を設け、該孔に螺子(2)を挿入して締めつけるべくしてなる外箱を公知の窓掃器に連結すべくしてなる構造」にあるのであつて、昭和三二年一二月一四日付訂正図面および説明書は、出願当初の図面および説明書の誤記を訂正し、考案の趣旨を明確にしたものにすぎず、当初の説明書に記載してある効果すなわち上鈑・下鈑が近接するように締めつけ、モーター軸が離脱しないようこれを挾持せしめ得るという効果を奏することのできない構造を、該効果を奏する構造に改めようとするものではないのである。すなわち、前記訂正図面および訂正説明書は、本願の要旨をなんら変更するものではない。

したがつて、審決が、右図面および説明書による訂正を要旨変更として採用せず、出願当初の説明書における上鈑(6)の孔が透孔でなく螺条を刻設した孔であるとの誤つた認定を前提として、「螺子上下鈑に螺入して締着するようにしても、上下鈑の欠切部に相当する間隙が常に一定で、両鈑が緊定できず、従つてモーター軸(10)は、透孔(4)に挾持されないものであるから、本願のものは説明書記載の所期の作用効果を奏し得ないものと認める。」とした拒絶査定の理由を維持し、本願の考案が旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号)第一条所定の登録要件を具備しないものとしたのは、判断を誤つた違法があるものといわなければならない。

第二、被告代理人は請求原因に対する答弁として、次のように述べた。

一、原告主張の一および二の事実は認める。

二、同三の見解については、これを争う。原告が昭和三二年一二月一四日付で提出した訂正図面および訂正説明書の記載は、出願当初の図面および説明書における誤記を訂正し、不明確な点を明確にしたにすぎないものとは到底認められず、全く考案の要旨を変更するものと認むべきことは、審決がその根拠を示して説示しているとおりで、この認定になんらの誤りもない。これをさらに敷衍し、原告の主張に対応して説明すれば左のとおりである。

すなわち、

(a) 出願当初の説明書の「実用新案の性質、作用及効果の要領」の項および「登録請求の範囲」の項には、それぞれ「上鈑(6)より下鈑(7)に至る螺入孔(8)を刻設し、該螺入孔に螺子(2)を外箱の上面より螺入して締付けるべくなし」という記載がある。

(b) また、出願当初の図面の第二図におけるA―B線の断面を示したものである第三図では、上鈑(6)の孔の部分が符合(8)として明示されており〔符号(8)は説明書における螺入孔の符号である〕、かつ螺条と認められる表示が施されており、これが単なる透孔を表現したものとはとうてい認められない。もつとも、第二図では、上鈑(6)の孔の構造は明らかにされていないが、その構造を明示したものが断面図である第三図であるから、上鈑(6)の孔の構造については第三図によつて判断すべきことは当然である。

(c) さらに、原告は、昭和三二年九月一〇日付で「本願説明書及び図面における支持器の一端に、上鈑(6)より下鈑(7)に至る螺入孔(8)を刻設し、該螺入孔に螺子(2)を外箱の上面より螺入して締付けるようにした記載では、螺子を上下鈑に螺入し締着するようにしても、上下鈑の欠切部に相当する間隙が常に一定で、両鈑が緊締できず、従つてモーター軸(10)は透孔(4)に挾持されないものであるから、本願の実用新案は説明書記載の作用効果を奏し得ないものと認める」旨の拒絶理由の通知を受けたにもかかわらず、これに対する意見書では「螺子の長さが、下鈑(7)の螺入孔の底より外箱(1)の表面までの長さより短かい時は、上下鈑は締付けられ、欠切部(5)はせまくなり、従つて透孔(4)も小さくなり、モーター軸(10)が挾持される」こととなるので、所期の作用効果を奏し得る旨を主張し、右意見書とともに差し出した訂正書においても、右の点については「螺入孔に螺子(2)」とあるのを「下鈑(7)の螺入孔の底より外箱(1)の表面に至る長さより若干短かく形成せる螺子(2)」と訂正しただけで、上鈑(6)の孔が単なる透孔であるというようなことについては、少しも触れていないのであつて、前記のような拒絶理由を示されながら、なお原告において上鈑(6)の孔を透孔にしなければ所期の効果を奏し得ないことに気づいていなかつたことは明らかである。

以上(a)・(b)・(c)の諸点を総合すれば、出願当初の図面および説明書に記載されている上鈑(6)の孔は、透孔すなわちいわゆるばか孔ではなく、螺条を刻設した孔と解するほかないものといわなければならない。

原告は、出願当初の説明書に「金属性外箱(1)の上面一端に透孔を穿設し螺子(2)を挿入すべくなし………締付けるべくしてなる」との記載や螺子(2)によつて上鈑・下鈑を締めつけモーター軸を挾持せしめ得るとの効果についての記載があり、これらを技術常識に照らせば、出願当初の図面および説明書に記載されている上鈑(6)の孔が単なる透孔であることは容易に理解できる旨主張するけれども、前記(a)・(b)・(c)の諸事実が存する以上、原告主張の作用効果に関する記載があるからといつて、これから逆に上鈑(6)の孔を原告主張のように透孔と解することは到底できない。

してみれば、審決が昭和三二年一二月一四日付訂正図面および訂正説明書の記載をもつて、本願考案の要旨を変更するものとして採用せず、拒絶査定の理由を支持して本願考案が登録要件を具えないものと判断したことになんらの違法もない。

〔証拠関係省略〕

理由

一、本件実用新案の登録出願に関する特許庁における手続経過および審決理由に関する原告主張の一および二の事実については、当事者間に争いがない。

二、成立に争いのない甲第一号証によれば、本件実用新案の登録願書に添附された図面および説明書の記載は別紙IIのとおりであることが認められる。右図面および説明書の記載によれば、本件において当初実用新案登録出願のなされた考案の要旨は、

1、金属性外箱(1)内に、長方形状で金属を資料としたモーター軸支持器(3)を収容し、

2、右支持器の側面中央部に透孔(4)を穿設し、同透孔(3)の外側に向つて欠切部(5)を設け、これによつて支持器の半身が上鈑(6)と下鈑(7)の二つに分かれるようにし、なお、透孔(4)の他端にも若干の欠切溝(5′)を設け、

3、外箱(1)の上面一端に透孔を穿設するほか、支持器(3)の一端の上鈑(6)および下鈑(7)にもそれぞれ孔を設け〔外箱(1)の上面一端の孔が単なる透孔であることおよび下鈑(7)の孔が螺条を刻設した孔であることについては当事者間に争いがなく、ただ上鈑(6)の孔の構造について当事者間に争いが存するのであるが、この点の判断は後に示すことにする〕、前記外箱(1)の上面一端の透孔から、螺子(2)を挿入して上鈑(6)の孔を経て下鈑(7)の孔に至らしめてこれを締めつけ得るようにし、

4、右外箱(1)を公知の窓掃器(9)に連結するようにしたこと。

以上1ないし4の構成要件を組み合わせた自動車窓掃器取付具の構造にあり、そのねらいとする効果は、モーター軸(10)を透孔(4)に挿入し螺子(2)によつて締めつけることにより、上鈑(6)と下鈑(7)の間隔を縮小近接せしめ、透孔(4)に挿入されたモーター軸をその位置でかたく挾持し、離脱しないようにすることができ、公知の自動車窓掃器を、その取付具を介して、モーター軸に取りつける操作を簡単容易にすることができるという点であると認めることができる。

そして、成立に争いのない甲第九号証の一・二によれば、昭和三二年一二月一四日付で、抗告審判請求と同時に提出せられた本願考案の訂正図面および訂正説明書は、別紙IIIのとおりであることが認められる。

三、そこで、右訂正にかかる図面および説明書の記載が当初の図面および説明書の要旨(同図面および説明書の記載から認められるところの本願考案の要旨)を変更するものであるかどうかについて、以下に検討する。

前記甲第一号証によれば、本願考案の出願当初の説明書中「実用新案の性質作用及効果の要領」の項および「登録請求の範囲」の項には、それぞれ「上鈑(6)より下鈑(7)に至る螺入孔(8)を刻設し該螺入孔に螺子(2)を外箱の上面より螺入して」という記載があること、また出願当初の図面中第三図〔この第三図が第二図に記載されている支持器(3)をAB線で縦断した場合におけるその断面を含めた支持器(3)の一半を示す斜視図であることは、右第二第三図と説明書の記載を対照すれば明らかである〕における上鈑(6)の孔には、一見螺条ともみられる〔少なくとも、これを単なる陰影を表現したものとみることが不自然と考えられる〕線が記入されていて、右孔の部分を引出線で符号(8)として表示しており、その符号(8)が説明書における前記「螺入孔(8)」に対応するものであることを認めることができる。

したがつて、これらの図面および説明書の記載からみるかぎり、出願当初の説明書にいう「上鈑(6)より下鈑(7)に至る螺入孔(8)を刻設し」とは、上鈑(6)にも下鈑(7)にも同様に、螺子(2)のおねじとしての螺条に対応するめねじとしての螺条を刻設する趣旨と解すべきが如くにみえ、前記図面および説明書の字句にのみ即して考察するかぎり、上鈑(6)の孔を単なる透孔すなわちいわゆるばか孔と解する方がむしろ不自然な見方であるといえるようである。現に、審決は、被告主張のCの点をも根拠にしてではあるけれども、右の趣旨に解し、前記訂正図面および訂正説明書によつて上鈑(6)の孔が単なる透孔すなわちばか孔であるように訂正することは、出願当初の図面および訂正書の要旨を変更するものにほかならないと断じているのである。

しかしながら、出願当初の図面および説明書の一部を訂正することが、右図面および説明書特に「登録請求の範囲」の項に記載せられた当該出願考案の要旨を変更するものであるかどうかは、出願当初の図面および説明書と訂正にかかる図面および説明書との各記載を形式的に比較して決すべきではなく、むしろ実質的に、当該出願にかかる考案の本質ないしは実体に変動があるかどうかを考察して決すべきものと解するのが相当である。そして、これを実質的に考察するに当つては、右訂正の内容が、訂正前の記載と対比して、当業者ならば、当該出願考案の目的および作用効果に照らし、科学上ないしは技術上の常識として諒解できる、いわば当然の訂正とみられるようなものであるかどうか、あるいはまた、訂正された箇所が、当該出願考案のねらいとする目的ないしは作用効果と照らし合わせて、「登録請求の範囲」の項に記載せられている技術的事項に対しどのような関係にあるか等を考慮して、これを判断するを要するものと解する。けだし、訂正前の図面および説明書の記載における明白な誤謬ないしは出願人の軽微な過誤もしくはこれと同様に取り扱つて差支えないようなことを理由として、訂正の許さるべき範囲をあまりに窮屈にすることは、出願人の利益の保護に欠けるところがあり、物品の形状・構造または組合せにかかる考案の保護および利用を図ることにより、その考案を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とすべき法の趣旨(現行実用新案法第一条のような明文を置かない旧実用新案法についても、法の目的に変りはないものと解せられる。)に反することとなるし、他面訂正の許さるべき範囲を拡げすぎるときは、当該出願考案と先後願を争う第三者等の利益を阻害し、いわゆる先願主義を採用した法の趣旨に反する結果を招来するに至ることは明らかであるから、この相対立する利害の調和点を見出すことにより、前記訂正の許さるべき範囲を定める基準とするのが相当であり、前記のような観点から実質的に考察して訂正の許否を決することは、右の利害調和の要請にそい得るものと考えられるからである。もつとも、出願考案について公告決定がなされた後にあつては、なお別個に考慮すべき問題が存するけれども、本件における出願当初の図面および説明書の訂正が右の場合に該当しないことは弁論の全趣旨によつて明らかである。

ところで、本願考案におけるモーター軸支持器の上鈑(6)と下鈑(7)とが、欠切溝(5)・透孔(4)および、欠切溝(5′)による間隙を存して上下に分かれていることは前記認定の事実からして明らかである。このような上鈑(6)と、下鈑(7)とに、それぞれ螺子(2)の螺条に対応する螺条を刻設するものとすれば、螺子(2)を右の上下両鈑の孔に螺入しても、上下両鈑の間隔は常に一定で縮小することがなく、締めつけの作用が両鈑の間に働かないことは当然の理であり、上下両鈑の孔に上鈑の孔の側から挿入した螺子(2)によつてこれを締めつけ、説明書に記載されているように、透孔(4)にモーター軸をかたく挾持せしめるように緊締するという作用効果を奏し得るためには、通常の方法に従うかぎり、上鈑(6)の孔を単なる透孔すなわちばか孔とし、下鈑(7)の孔だけを螺子(2)の螺条に対応する螺条の刻設された孔としなければならないのであつて、このことはきわめて簡単な技術上の常識に属し、当然ないしは自明の理由といえる程度のことがらである。

そしてまた、本願当初の説明書のどこをみても、上下両鈑を緊締するのに特異な工夫をした跡をうかがうに足るような記載は全然なく、右緊締の方法としては螺子(2)をもつて通常の方法により締めつけることを前提としているものと認めるのが相当であり、本願考案の重要な部分は、むしろ金属製外箱(1)内に収容した金属製の支持箱を、一半に間隙を存せしめ、透孔(4)に挿入したモーター軸(10)を外箱(1)とともに上下両鈑を締めつけることによつてかたく挾持せしめるようにした点にあり、螺子(2)による緊締の仕方それ自体は重要なことではないものと認めるべきである。

してみれば、本件出願当初の図面および説明書に、あたかも上鈑(6)の孔も下鈑(7)の孔と同様に螺条を刻設したものであるかの如く受け取られても仕方がないように「螺入孔(8)」に関する記載がなされているにしても、右説明書に記載されている本願考案の目的および作用効果と対照してみるときは、右「螺入孔(8)」に関する記載が何らかの錯誤に基づいて記載された誤記に属するものであることは、当業者ならば誰にもきわめて簡単にわかることなのであつて、これを上鈑(6)の孔が単なる透孔すなわちばか孔であることを明示するように訂正することは、当初の図面および説明書中の「登録請求の範囲」の項に記載された技術的事項の本質に何らの影響をも及ぼすものでなく、すなわち本件出願当初の図面および説明書の要旨(本願考案の要旨)を変更するものに当らないというべきである。

前記甲第九号証の一・二によれば、昭和三二年一二月一四日付訂正にかかる図面および説明書(別紙III)のうち、出願当初の図面および説明書を訂正したのは、図面の第三図における上鈑(6)の孔が明らかに単なる透孔として表示され、説明書の「実用新案の性質作用及効果の要領」の項および「登録請求の範囲」の項において、出願当初の説明書の右に相当する項では、上下両鈑の孔を一括して螺入孔(8)とし、螺子(2)を外箱の上面よりこれに螺入するとしていたのを、上鈑(6)の孔は単なる透孔(8)で、下鈑(7)の孔(9)にのみ螺子(2)に螺合する螺条を刻設し、螺子(2)を外箱上面の透孔に挿入し上鈑(6)の孔(8)を経て下鈑(7)の孔(9)に螺合せしめるものとする趣旨に訂正したことが主要な訂正箇所であることが認められ、他にも二、三訂正箇所があるけれども、それらはいずれも単なる表現上の、ないしは微細な訂正にすぎないことが認められる〔なお、図面のうち第一図の(9)なる符号は(10)に改めるべく、第二図の(10)なる符号は抹消されるべきものであるのを、原告において看過したものであることは、説明書の記載と対照して明らかである〕。したがつて、昭和三二年一二月一四日付でなされた本願考案の図面および説明書の訂正は許容せらるべきものといわねばならない。

なお、審決は、原告の昭和三二年一二月一四日付訂正図面および訂正説明書による訂正をもつて出願考案の要旨を変更するものと解する根拠、すなわち審決のいう出願当初の図面および説明書における螺入孔(8)に関する記載が単なる錯誤に基づくものとは認められないとする根拠として、被告主張のcの点すなわち昭和三二年九月一〇日付拒絶理由通知に対し原告から提出された同年一〇月二三日付意見書および訂正書において、上鈑(6)の孔の構造に一言も触れていないという点を挙げている。しかし、この点は、前記の判断に何らの消長をも及ぼすものではない。

なるほど、成立に争いのない甲第四号証および同第五、第六号証の各一・二によれば、原告は、昭和三二年九月一〇日付拒絶理由通知書をもつて、被告主張のように、上鈑(6)より下鈑(7)に至る螺入孔(8)を刻設し、該螺入孔に螺子(2)を外箱の上面より螺入するようにしたのでは、上下鈑の欠切部に相当する間隙が常に一定で両鈑が緊定できず、したがつてモーター軸(10)が透孔(4)に挾持されることにならないから右のような構成では説明書記載の作用効果を奏しないとの趣旨の拒絶理由の通知を受けたが、これに対し原告(代理人)において、昭和三二年一〇月二三日付意見書および訂正書をもつて、螺子(2)の長さと上下鈑の締付けおよび透孔(4)の縮小の関係についての意見を述べ、この点に関し説明書の訂正をしたに止まつたことが認められる。しかしながら、前記のような拒絶理由の通知に接しながら、出願人たる原告の側で、なお出願当初の図面および説明書における上鈑(6)の孔の構造に関する記載の不備に想到しなかつたことは不注意のそしりを免れないという点はしばらく別論として、元来、図面および説明書の訂正が許されるべき場合であるかどうかは、その訂正部分について前記のような観点に立つて容観的に判断すべきものであつて、出願人が拒絶理由通知を受けた際出願当初の図面または説明書の誤りに気づかなかつたからといつて、そのことのために直ちに、右の誤りが錯誤に基づくものでなく許さるべき訂正でないと断定することが不当であることはいうまでもない。出願人は、事件が審査または抗告審判に係属していて、いまだ出願公告の決定がなされないうちは、要旨変更をきたさないかぎり、何時でも自発的に図面および説明書の訂正をなし得るものとされているのであるから(旧実用新案法施行規則第七条、旧特許法施行規則第一一条第二項第四項)、出願人が審査の段階において図面または説明書の誤りに気づかず、ためにいつたんは訂正の機を逸したとしても、元来許さるべき訂正事項であるかぎり、抗告審判の段階において右の誤りを訂正することを拒否せらるべきいわれはないのである。してみれば、審決が昭和三二年一二月一四日付訂正にかかる図面および説明書の記載は本願の出願の要旨を変更するものであると認め、右訂正前の図面および説明書に記載されている考案の構成によつては説明書記載の作用効果を奏することが不可能であるとの理由により、本願考案が登録要件を具備しないものであると判断したのは、要旨変更の有無に関する認定を誤り、ひいて登録の許否に関する判断を誤つた違法があるものといわねばならない〔本訴は、審決に示された判断の適否を審理判断の対象とするに止まるものであるから、前記訂正を許容すべきものとしても、なお本願考案が新規性ないしは進歩性の欠缺によりその登録を拒絶せらるべきかどうかはおのずから別個の問題であることはいうまでもない〕。

以上の理由により、本件審決は違法なものとしてこれを取り消し、訴訟費用は民事訴訟法第八九条により敗訴当事者たる被告の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 山下朝一 多田貞治)

(別紙I)

昭和三二年抗告審判第二五七二号

審決

主文

本件抗告審判の請求は成り立たない。

審決の理由

一 本願の実用新案は昭和三〇年六月一八日の出願であつて、その要旨はその出願当初の図面と説明書及び昭和三二年一〇月二三日付訂正書の記載からみて、「金属性外箱(1)の上面一端に透孔を穿設し螺子(2)を螺入すべくなし外箱内に「モーター」軸支持器(3)を収容し、該支持器(3)は長方形状の金属を資料とし、側面中央部に透孔(4)を穿設し、その一端より支持器の外側に向つて欠切部(5)を設けて支持器の半身は上鈑(6)下鈑(7)の二個に形成し、他端に若干の欠切溝(5′)を穿設し、更に支持器の一端に上鈑(6)より下鈑(7)に至る螺入孔(8)を刻設し、該螺入孔に螺子(2)を外箱の上面より螺入して締付けるべくしてなる外箱を公知の窓掃器(9)に連結すべくしてなる自動車窓掃器取付具の構造」にあるものと認める。

なお、昭和三二年一二月一四日付訂正図面及び説明書は、つぎに述べる理由によつて、本願の出願の要旨を変更するものと認められるので、これを採用しない。

訂正図面は、その第三図において、出願当初の図面の第三図における螺入孔(8)を、透孔(8)と螺条を刻設した透孔(9)と訂正し、また訂正説明書は、出願当初の説明書の第一頁一三行目乃至一四行目及び第二頁一〇行目乃至一二行目の「上鈑(6)より下鈑(7)に至る螺入孔(8)を刻設し、該螺入孔に螺子(2)を外箱の上面より螺入して」を「上鈑(6)には透孔(8)を、下鈑(7)には透孔(9)を穿設し、透孔(9)には螺子(2)に螺合する螺条を刻設し、螺子(2)を外箱の上面の透孔に挿入して透孔(8)を経て透孔(9)に螺合し」とそれぞれ訂正しようとするものであるが、出願当初の説明書には「上鈑(6)より下鈑(7)に螺入孔(8)」と明記されており、また、出願当初の図面においても、その点明示されている点からみて、上記のような訂正は、出願当初の図面と説明書とに全く記載のなかつた構造に訂正しようとするものであつて、しかも原審における拒絶理由に対して差出した昭和三二年九月一〇日付の意見書及びその意見書と共に差出した訂正書の記載、特に該意見書の理由の第一頁一〇行目乃至一二行目の、「螺子の長さが不鈑(7)の螺入孔の底より外箱(1)の表面までの長さより短かいときは、上下鈑は締付けられ」と、訂正書の第二頁の記載内容からみて、出願当初の図面及び説明書の螺入孔(8)についての記載が、錯誤に基く単なる誤記とも認められないので、結局該訂正図面及び訂正説明書は、本願の出願の要旨を変更するものと認めるのが相当である。

なおまた、抗告審判請求人は、本件抗告審判の請求理由中で(第二頁一七行目乃至二〇行目)「本願は添付図面第二図において明らかなる如く、上鈑(6)の透孔は所謂「バカ」穴にして螺条を刻設するのは下鈑(7)の螺入孔でありますから」と述べているが、第二図のA―B線の断面図である第三図において、上記のように明示されている以上、その主張は採用できない。

二 これに対し、原査定の拒絶理由は「本願説明書及び図面に於ける支持器の一端に、上鈑(6)より下鈑(7)に至る螺入孔(8)を刻設し、該螺入孔に螺子(2)を外箱の上面より螺入して締付けるようにした記載では、螺子を上下鈑に螺入して締着するようにしても上下鈑の欠切部に相当する間隙が、常に一定で両鈑が緊締できず、従つてモーター軸(10)は、透孔(4)に挾持されないものであるから、本願のものは説明書記載の所期の作用、効果を奏し得ないものと認める。よつて本願は実用新案法第一条の登録要件を具備するものと認められない」というにあるが、本願の実用新案が、原審の拒絶理由で述べているようにその説明書に記載の作用、効果を奏しないものであることは、技術常識上明瞭であるから、本願の実用新案は、実用新案法第一条の登録要件を具備しないものと認める。

よつて主文の通り審決する。

(別紙II) 本件実用新案の出願当初の図面および説明書

第一図〈省略〉

第二図〈省略〉

第三図〈省略〉

説明書

一 実用新案の名称 自動車窓掃器取付具

二 図面の略解 第一図は本考案に係る自動車窓掃器取付具の使用状態を示し第二図は要部の見取図第三図は(A)―(B)線の断面図である。

三 実用新案の性質作用及効果の要領

本考案は別紙図面に示す如く金属性外箱(1)の上面一端に透孔を穿設し螺子(2)を挿入すべくなし外箱内に「モーター」軸支持器(3)を収容し該支持器(3)は長方形状の金属を資料とし側面中央部に透孔(4)を穿設し其の一端より支持器の外側に向ひて欠切部(5)を設けて支持器の半身は上鈑(6)下鈑(7)の二個に形成し他端に若干の欠切溝(5′)を穿設し更に支持器の一端に上鈑(6)より下鈑(7)に至る螺入孔(8)を刻設し該螺入孔に螺子(2)を外箱の上面より螺入して締付けるべくしてなる外箱を公知の窓掃器(9)に連結すべくしてなる自動車窓掃器取付具の構造に係るなり。

本考案は以上の如き構造であるから外箱(1)に在来公知の窓掃器の本体を取付け「モーター」軸(10)を透孔(4)に挿入し螺子(2)によりて締付けるときは上鈑(6)下鈑(7)は近接して軸を挾持し離脱する事なきのみならず本案は使用簡単なるが故に何人と雖も容易に「モーター」軸に取付ける事が出来且つ製作簡単にして実用上の効果甚大である。

四 登録請求の範囲

図示する如く金属性外箱(1)の上面一端に透孔を穿設し螺子(2)を挿入すべくなし外箱内に「モーター」軸支持器(3)を収容し該支持器(3)は長方形状の金属を資料とし側面中央部に透孔(4)を穿設し其の一端より支持器の外側に向ひて欠切部(5)を設けて支持器の半身は上鈑(6)下鈑(7)の二個に形成し他端に若干の欠切溝(5′)を穿設し更に支持器の一端に上鈑(6)より下鈑(7)に至る螺入孔(8)を刻設し該螺入孔に螺子(2)を外箱の上面より螺入して締付けるべくしてなる外箱を公知の窓掃器(9)に連結すべくしてなる自動車窓掃器取付具の構造。

(別紙III) 昭和三二年一二月一四日付訂正にかかる図面および説明書

第1図〈省略〉

第2図〈省略〉

第3図〈省略〉

訂正説明書

一 実用新案の名称 自動車窓掃器取付具

二 図面の略解 第一図は本考案に係る自動車窓掃器取付具の使用状態を示し第二図は要部の見取図第三図は(A)―(B)線の断面図である。

三 実用新案の性質作用及効果の要領

本考案は別紙図面に示すように金属性外箱(1)の上面一端に透孔を穿設し螺子(2)を挿入するようにし外箱内に「モーター」軸支持器(3)を収容し、該支持器(3)は長方形状の金属を資料とし側面中央部に円状の透孔(4)を穿設し、其の一端より支持器の外側に向ひて欠切部(5)を設けて支持器を上鈑(6)下鈑(7)の二片に透孔(4)は相対向する半円形状の二個の透孔に分割し上鈑(6)には透孔(8)を下鈑(7)には透孔(9)を穿設し透孔(9)には螺子(2)に螺合する螺条を刻設し螺子(2)を外箱の上面の透孔に挿入して透孔(8)を経て透孔(9)に螺合して締付けるようにした外箱を公知の窓掃器(10)に連結するようにした自動車窓掃器取付具の構造に係るのである。

本考案は以上のような構造であるから外箱(1)に在来公知の窓掃器の本体を取付け「モーター」軸(10)を透孔(4)に挿入し螺子(2)によりて締付けるときは上鈑(6)下鈑(7)は近接して軸を挾持し離脱する事がないのみならず本案は使用簡単であるから何人と雖も容易に「モーター」軸に取付ける事が出来且つ製作簡単にして実用上の効果甚大である。

四 登録請求の範囲

図示するように金属性外箱(1)の上面一端に透孔を穿設し螺子(2)を挿入するようにし外箱内に、「モーター」軸支持器(3)を収容し、該支持器(3)は長方形状の金属を資料とし側面中央部に円状の透孔(4)を穿設し、其の一端より支持器の外側に向ひて欠切部(5)を設けて支持器を上鈑(6)下鈑(7)の二片に透孔(4)は相対向する半円形状の二個の透孔に分轄し上鈑(6)には透孔(8)を下鈑(7)には透孔(9)を穿設し透孔(9)には螺子(2)に螺合する螺条を刻設し螺子(2)を外箱の上面の透孔に挿入して透孔(8)を経て透孔(9)に螺合して締付けるようにした外箱を公知の窓掃器(10)に連結するようにした自動車窓掃器取付具の構造。

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